小さな雨の日の
先ほどからカイが義手の調整をしている姿をドライガーが興味深そうに見て
いるのに気づいたレイがとてとてと寄って来る。
「あー、やっぱりそれ義手なのか」
「両腕共にな。調整が必要な分、生身より面倒だが頑丈ではある」
「両手をこうパンってやったらなんか作れそうだな」
「馬鹿かお前は」
レイの戯言を一刀両断に斬り捨て、右腕から端末に繋いだコードを引き抜いて
左腕を繋ぎ直す。手も触れずに操作している様子を見て、レイは首をかしげた。
「だってお前、触らずにパソコン使ってるだろう」
「義手との相性を高めるために、サイボーグ化しているからだ!」
「何だつまらん、もっと面白い理由があるのかと思った」
「なー、火渡よぉ」
ナイフの手入れに集中するため黙っていたボリスが口を開いたので、カイは
視線を上げる。
「昔っから思ってたけど、レイってバカじゃね?」
「お前まで下らんことを言うな。レイは昔から馬鹿だ」
「人を目の前にして悪口を言うな!あと、バカって言った方がバカなんだと
俺は思う!」
必死になってバカと言われることを否定しようとするレイだったが、どこか
的外れだ。そこに羽音が聞こえ、飛んできた紅い鳥がちょん、とカイの肩に
着地した。
「カイしゃま、ちばらく観察ちまちたが雨止みそうにないでしゅ」
「おう、姉さん外見てきたのか」
「ウルボーグはまだ見てましゅ、ファルボーグも一緒でしゅよ」
耳を澄ませば、たしかに廃墟の建物を叩く雨音がまだ聞こえてくる。
「雨期にはまだ早いのに、天気が不安定だな」
「砂漠は晴れてないと走りにくいってのに、気が滅入るね」
ボリスが大げさに肩をすくめて見せ、カイは左腕のメンテナンスを終えてコード
を引き抜いた。
「それ以前に、雨に濡れることで体調を崩すと致命的だろう」
「医者が少ない世界ってのがこんなに面倒だとはなぁ、下手に病気にもなれ
ない」
「ちょっとでも変わった症状があると実験台だって俺は聞いたぜ?」
「そこまでディストピアではないぞ…」
注釈を入れながら端末のキーボードに指を走らせ、気休めに天気予報を表示
させて関西地方の天候を確認する。。
「明後日までは雨の予報が出ているな、やはり数日は足止めか」
「食べ物は非常食込みになるが余裕はある、水はある程度我慢が必要
だけど」
「暇だし、バギーのメンテでもしとくべきかねぇ」
雨ざらしになっても車体によくないと、バギーは廃墟の地上部に入れて
あった。
今の時代、雨には重金属などが含まれる場合があり、そのままでは飲料水と
して使うことも出来ない。
「お前、結構いろんな事出来るんだな。俺達は機械関連全部キョウジュの
仕事だったから、全然わかんないぞ」
「アイツを基準にモノを考えんな。あそこまで詳しくねーよ」
「キョウジュは機械類に詳しい分、他は丸投げだったからな…」
ヒロミに言わせれば、学校の成績はよくなかったらしいから知識が偏っていた
のだろうが、それを差し引いても頼りになる存在だった。
「そういや、キョウジュやヒロミや大地もいんのか?」
「あの三人は運良く木ノ宮の側だ」
ヒュウ、とボリスが口笛を吹くと、なぜか自信ありげにレイが笑った。
「そりゃあ安心だな」
「だろ、聞いた時は俺も安心した」
「ま、一番安心したのは火渡だろうけどな」
「俺もそう思ったぞ」
「煩い」
憮然として答えれば、肩の上のドランザーがやれやれといった感じで首を
振る。
「カイしゃま、たまには素直になられてもよろちいのでは?」
「…お前までそんな事を言うのか」
素直じゃない事をドランザーにまで指摘され、カイはあからさまに困った顔を
するとため息を一つ漏らす。
「木ノ宮がどんな状態か分からん事には変わりないが、キョウジュ達が居ると
いないとではだいぶ変わるとは思っている…」
「やれやれ、心配性だねぇ」
「ボリス、お前に言われたくはないぞ」
「いんや?俺はユーリに関してだけは心配性だって公言してるし?」
「居直るな!」
「ケンカするのは別にいいけど、俺はそろそろ寝るぞ?」
いつの間にか寝袋に潜り込んでいるレイを見て、カイは端末の電源を落として
閉じた。
「俺ももう休む、やることもないしな」
「んじゃ俺も」
寝袋に入って好みの場所に転がり、明かりを落とすと一気に周囲は暗くなる。
「おやすみ」
「おう、おやすみ」
「…ああ」
目を閉じれば、雨音だけが闇に吸い込まれていった。