Addicted To You
クラッキングの仕事が入った。別にそれ自体は珍しいことではない、都市群の
上層部である支配層、【議会】と呼ばれる秘密主義者達に反抗する組織の数は
少なくないのだから。
流れのハッカーとして旅を続けていく上で、組織の末端から外注と言う形で
依頼を受け少々の破壊工作を施した経験もある。
蛇の道は蛇。と言う言葉の通り、危険な仕事を請ければネットワーク内で暗躍
するダークロイド達の動きに近づけることが多かったのだ。ネットナビを使用して
いる都市は数が少なくその飛び抜けた性能を欲するものは数多かった。
「議会直属の研究所にクラッキングとは、危険なことを企む連中がどれだけ
多いのか実感させられるな」
『は…』
「よし、ルートを確保した。行けるな？ブルース」
標的である研究所に繋がるケーブル群の中から、手早く必要なものを選び
出して端末に接続するとメインコンピュータまでのルートを確認すると、ＰＥＴに
声をかける。
『問題ありません』
「プラグイン。ブルース、トランスミッション」
赤外線が送信され、ＰＥＴから端末を経由してブルースが研究所の電脳の
ファイアウォールをパスするのを確認すると、ダークロイドの気配がないか
素早く目を配った。
「…ダークロイドはここにはいないようだな」
『はい、このタイプの電脳はネットナビの使用を考慮されていない物だと
思われます』
「議会直属と言っても、ネットナビ仕様でなければこれほど脆いのか…」
早くもメインコンピュータに接触しながら、ベイフロントの情報を検索し始めると
ようやく研究所が緊急事態のサイレンを流し始める。
「遅い…な。ブルース、追加で災害用緊急システムでも作動させれば十分な
時間は稼げるだろう、戻って来い」
『了解しました、炎山様』
ブルースが戻るまで、わずか数秒。炎山が撤収しようとしたその時、研究所
から飛び出してくる人影があった。
外に出るとすぐさま振り返り、拳銃で出入り口のセンサーと監視カメラを潰すと
火災用の取水口を破壊して大量の水が噴出してくると、なにをしたのか水が
凍りつき、見る間に氷柱を形成して出口を塞ぐ。
そして、気配を殺しているはずの炎山の元へまっすぐに歩み寄ってきた。
「あの破壊工作を行ったのは、うわさに聞くネットナビか。見事な性能だ」
「普及させるには少々高度な技術が必要でな、不安定な回線では使用すら
出来ん」
見事な赤い髪の少年は議会直属の特殊部隊の制服を身にまとっていたが、
部隊章などを無造作にむしり取って投げ捨てる。
「脱走の機会をうかがっていたところだ、丁度良かった」
「珍しいな、議会の直属部隊は皆マインドコントロールを受けていると聞いて
いたが」
「俺は色々と例外だ。…ベイフロント方面に行くのなら、同行させて貰えないか」
「ベイフロントへ用があるのか？」
「知り合いと合流できる場所が他に思いつかない。それに、足手まといには
ならん。護衛の役目くらいならこなせる」
真顔でそう告げてきた少年に、炎山はしばし考え込んだ。バギーは多人数用
で問題はなく、水と食料もまだ余裕はある。
「いいだろう」
『よろしいのですか？』
「この先、何が起こるかわからない。腕の立つ人間が同行してくれるのなら、
それに越したことはないだろう」
肩の上にホログラムとして浮かんでいたブルースが確認してくるのに、少し
ばかり笑みを浮かべて返す。
「俺は…そうだな、ユーリ。ユーリ・イヴァーノフとでも名乗っておく」
「伊集院炎山、ネットナビはブルースだ」
こっちだ。とユーリをバギーの方向へ誘導したとき、「お前も丸くなったな！」と
言う熱斗の明るい声が聞こえた気がした。