あなたはそれを、私にくれたのに
2年前、荒廃し切ったと思われていたこの国をさらに乱すような大異変が
起こった。
各都市を虚弱に結んでいたネットワークは寸断され、一部の都市はそのもの
が失われるに至る。
厳密に言えば、ネットワークを破壊したのは頃合いに乗じたダークロイドと
呼ばれる有人格プログラム達であり、それが公には知られていないから同じ
事件として扱われているだけなのだが。
日本は国土のほとんどが砂漠と化しており、都市を渡って旅をするものは
物好きと笑われるようなそんな状態だった。だが、あえて外へ歩き出す者が
いなかったわけではない。
警備用ロボットしか活動していない深夜の研究所に、そっと忍び込む。正規の
手続きを経ているのだから正確には忍び込んでいるわけではないのだが、誰も
いない時間を狙っていくのはしのんでいると言われても仕方なかった。
研究所の奥まった位置に存在する、広い実験施設。その中心で、“彼”は
眠っている。
「…熱斗」
生命維持装置に繋がっている全身のコードと、酸素マスク。それに加え、髪の
間からも数百本にわたるだろう数のコードが伸びる姿で、水槽の中に浮かぶ
少年。
2年前の異変のとき、自分達はダークロイドの計画を阻止するべく戦闘中
だった。力及ばず、破壊され行くネットワークから離脱を試みようとしたその時…
ロックマンの足元が崩壊に飲まれ、フルシンクロしていた熱斗の意識と共に
その姿は地面の下へと消えてしまったのだ。
―そして、彼らはまだ戻らない。
会社から退くのに1年かかった。手がかりを探すために関東地方の都市を
巡り、新しい情報を得ては戻りパズルのピースを組み合わせるように根気よく
繋ぎ合わせ、そしてまた旅に出ることをこの1年間繰り返した。
ダークロイドが根城としているのが、異変で失われたはずの東京・ベイフロント
と呼ばれるドーム都市だと突き止めたのが一昨日のことだ。
その都市では、崩壊したかに見えるネットワークが確かな形で繋がっていると
言う。ならば、崩壊に巻き込まれたネットナビ達が辿り着くのもそこのはず。
「必ず、そこから出してやる」
熱斗は普通の生まれではなかった。ネットワークに対応し、プログラムを運用
する最適の形に遺伝子操作を施されていたことが、意識を失って抜け殻に
なった彼の肉体を生体コンピュータとして活用させることになり2年の歳月は
この研究所が有する研究の半分近くをその脳で処理させることになっている。
もちろん反対した人間は多かったが、都市の上層部は優秀な素材をただ
眠らせておくことを資源の不活用だと判断したのだ。
「あの時、ネットワークに飲まれたのが俺とブルースでも同じことになっていた
に違いないが…」
水槽の表面に手を当てれば、ほのかなぬくもりが感じられる。ゆっくりと
呼吸していることが見て取れるほど近くにいるのに、計り知れない距離が
横たわっていることが歯がゆい。
「たとえお前が俺の立場でも、同じことをしただろう?」
―2人を連れて戻るのだ、今度こそ。
「今から迎えに行く。お前達がじっとしているとは思えないから、急がないとな」
行き違いだけはごめんだ。と呟いて水槽の表面を撫でると、胸にあふれる
名残惜しさを押しつぶして水槽に背中を向けた。